けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

寿司屋の修行なしに開業した26歳の成長日記(28歳になりました!)

NTコラム39 output

こんばんは!

 

昨晩から今朝にかけて体調が悪く、更新をせずに寝ておりました。

 

今は元気になってきたので、今日は昼と夜に一本ずつ書こうと思います。

 

 

とりあえずNTコラムということで4章までのこれからということについて、40コラムでひと段落にしたいと思いますので、今日が最後になります。

 

僕なりに考えながら、”アウトプット”することがどれだけ大事なのかってことをすごく感じております。

 

あくまでもNYOTAIMORI TOKYOの表現というのは、僕の表現ではなく、僕は寿司の握り手として参加しているのみ。

 

言ってみれば、自分の色を出すわけでもなくインプットの要素が多いです。

 

それは、どちらかというと、お客様側に近くて、握りながらもロボットのような状態にあったりします。

 

自分なりのコメントを最初にしたり、説明をしたり、

 

それから、ある程度の表現を細かく考えてみたりはするけれど、どちらかというと、自分のフィールドではないということです。

 

それを思うと、このブログという場所、普段の鮨しんでの営業の時間というのは、とても自分自身をoutputできる素晴らしい環境であり、

 

ここでの時間を大切にしなければならないなと思います。

 

「これから」ということを思うと、

 

やはりいつも通りではあるけれど、自分の表現というものを見つけたいということは変わりません。

 

それは、度々いうように、寿司でもなく、なんでもないかもしれません。

 

 

ブログというものは案外面白くて、日記のようなつもりで書いていたら、友達からメッセージが来たり、お客様が読んでくださっていたりして、思わぬ波及がたくさんありました。

 

これってものすごく貴重な体験で、自分のこの3年ぐらいの”積み上げ”が残っていて、しかもそれをフォローしてくださった方がいるということ。

 

それは本当に嬉しいことです。

 

表現をする上で大事なことは積み上げだと思っています。

 

英語でいうならstoryという言葉がぴったしだと思います。

 

物語というのが表現に乗っかってくるわけだし、それを続けたいなと日々思っています。

 

その一つのあくまでも通過点としてのNYOTAIMORI TOKYOとの活動です。

 

 

ここでinputしたことを、自分の積み上げの1ピースとしていくわけです。

 

 

それを積み上げて積み上げて、

 

時には壊すことも、ベースの底上げになるわけですから、何かするということは大事だなあとつくづく思います。

 

 

コンピュータの発展、インターネットの中抜き、こういうことが故に、積み上げなくてもそれっぽくできてしまうことってとても多いような気がします。

 

いきなりお店を出して、しかも高級業態に入るような価格のお店でここまでやれたのは、僕がその恩恵を授かっている1人であることは言うまでもありません。

 

 

それは自分自身のことですから、自分が一番理解しているつもりです。

 

そして、ここで天狗になってしまう人が多いことを周りをみていてすごく残念に思います。

 

あくまでも、これは違う形で修行していることにすぎないということ。

 

そして修行のゴールが今やることと異なるのが当たり前の時代に生まれたということ。

 

 

”なぜ、この時代に、生まれたのか?”

 

 

大学のある授業で印象的な問いでした。

 

 

答えがわかるようでわからない、そんな質問です。

 

 

大学生の当時聞いた時は、”偶然”としか思っていませんでした。

 

でもこの問いに必然性を持って答える。

 

その為のステップを踏んでいることに気づいたアウトプット作業だったように思います。

 

 

夜は何を書こうか、

 

少し考えてみます

 

とりあえずこの辺りで。

 

 

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