けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

2017年夏までに名古屋での寿司屋開店を目指す、26歳が日々思うことを書いています!Twitter: kenchansushi

映画、聲の形を見て。コミュニケーションとは。

 

こんばんは(^○^)

 

今日は、「聲の形」という映画を観てきました。
もともと漫画があったみたいですが、読んだこともなく、家族に連れられて行ってきました。

 

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内容を簡単に。
小学生の当時、ガキ大将だった石田しょうやは転校生で耳の聞こえない少女の西宮しょうこをいじめたことから、今度は逆に石田自身がいじめられ、人間不信になってしまいます。
誰も友達がいない状態のまま、高校生になったとき、自殺を決意し、様々なことを清算している内に、西宮と再会します。
それをきっかけに、様々なことを思い出しながら、色々な出来事や出会いを通じて、もう一度、石田は人を信じるようになります。

登場人物も多く、内容も濃いためとても充実感のある映画でした。アニメ映画にしては長めの2時間ですが、あっという間に感じました。

音楽が綺麗で、たまに無音のところがあったりして面白かったですし、すごく心地良かったです。

そして、この映画、主人公を仲の良い友達が支えていくわけなんですが、またその友達達がそれぞれキャラが違って、それぞれが、なかなか良いセリフを言うのがまた良かったです。

高校で1人でいるときに声をかけてくれた永束くんは、石田が友達の定義について考えてたんだ。なんて言ったとき、友達ってのはそういうのじゃなくて、言葉を超えたところにあるもんだって言ってます。石田もその言葉を思い出してか、みんなで遊園地に行ったとき、ただみんながくだらないことをして、笑ってるのを見て、これが友達なんだって思うようになります。

その遊園地でジェットコースターに乗ったときは、隣の佐原さんが、急降下する前に。今までは怖いものは避けてきた。でもこれからは一度やってみてから考えようと思うの。なんてセリフを言います。

こういう1つ1つが石田にもう一度生きる希望を与え、下を向いてしか歩けなかったのですが、前を向いて生きることができるようになります。

そして、何より一番近くで影響を与えたのは西宮。耳が聞こえない世界ってのは想像がつきません。

聲の形というタイトルがなぜ、旧字体の聲を使ったのか。それは、声と書いてしまえば、、すごく一般的な声になってしまうからだと思いました。聲というのは、音だけではなく、手話もそうです。ボディランゲージも。スキンシップもそうかもしれません。顔の表情もそうです。

声というと音声を通じて言葉を伝えるというようになってしまいます。

でも、聲と書けばそれは、一般的なものではなく、言葉を超えたコミュニケーションのことなのかもしれません。

昔韓国に留学していた時、山道に迷い、水が無くなりとってもしんどい時がありました。

何とかして水を、と思いグルグル歩いていたら、ある寺にたどり着きました。そこでは、様々な国の尼さんがいて、一風変わったお寺でした。

そして、そこではこんな修行をするそうです。

様々な国から来る尼さんを集めて、3日間言語の使用を禁止します。そこでは、例えばアイコンタクトを使ってご飯の支度をし、ボディランゲージを使って洗濯をし、更にはスキンシップだけで仲良くなっていくそうです。

そして、修行の後。
言語の使用を解禁します。

すると、尼さん達は言語に頼ってしまいミスコミュニケーションが生まれ始めます。次第に、英語が通じるもの同士が集まったり、韓国語がわかるもの同士が集まってしまいます。

ここから、こんなことを学ぶそうです。

「言語は欲である。」

確かに、言語がなければ、みんなが寄り添い、気持ちを寄せていきました。そして、言語があると避ける人もいる。

言葉というのは、人を惑わして、本当のコミュニケーションを妨げているのかもしれません。

話を戻します。
タイトルの聲の形とはこういうことを言っていたのかもしれません。

石田は友達の定義と言い、言語でボヤかして自分守ろうとします。それに対して永束くんの、友達とは言語を超えたところのものという、回答。
これがこのストーリーのすごく大切な部分を表していたように思えてなりません。

そして、石田もそれに気づいた時、景色がすごく綺麗に見えました。

 

これから、僕も寿司屋をする上で、コミュニケーションというのは、かなり重要なものです。職人の先生には、半分は技術。半分はコミュニケーション。なんて言われたことがあります。

ただ、そのコミュニケーションというのは、「喋り」というわけではないということです。

昨夜の記事にも書いた通り、気配りもそうです。時には天邪鬼が必要かもしれません。言いづらいことを言うのもコミュニケーションです。黙っているのもコミュニケーション。

そんなことをより学べた映画鑑賞でした(^○^)
それでは!