けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

寿司屋の修行なしに開業した26歳の成長日記

神の手ニッポン展

こんばんは!

今日は神の手ニッポン展に行きました。

最初に谷川俊太郎の「もし神に」という詩が置かれていました。調べてみると、この展示会のために書き下ろしたとのことでした。

もともとあったのかなあと思ってたからちょっと残念!

でも載せておきます。

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「もし神に」

もし神に手があるのだとしたら
その手は青空を包みこむほどにおおらかで
蜘蛛の糸を結ぶほどにこまやかだろう
神は独りではない
私たちのふるさとの朝夕には
昔から八百万もの神々がたむろしている
そしてその幻の手を 夢見る指を
選ばれた人々に貸し与えるのだ
まるで隠された運命のようにひそかに
もし神がこの世を創造したのだとしたら
私たちは神の手の繊細さを
路傍の雑草のうちにも見るだろう
その巧みに及ぶことはないと知りながら
辛抱強くその手を真似て
ささやかな世界の似姿を作る喜び!


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僕はまだまだレベルは全く違いますが、寿司という食の中でもかなり手仕事に近いものを選んだので、こんな詩を見ると、ああいいなあ、と思います。

「路傍の雑草のうちにも見る」という言葉は本当に良いなあと思います。

お寿司は感性が大事だなんて言うのは想像に難くないとは思いますが、本当にこういうものを読むとより感じます。

いくつか、撮影可能なものもありましたので、載せておきます。すごく見る価値のある展示ばかりで、引き込まれました。

 

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視覚から魅了するっていうのはなかなか大事だなと思いました。

ちょっとこの展示会で面白かったのが、何名かの作品は町の何気ない風景を切り取っているということです。

つまり、とっても自然。
細かいからすごい!とはなりますが、自然の表情とか風景をいかに自然に見せるかということが重要です。だから、見た途端にかっこいい!とか引き込まれる作品ではなく、何か見ていて落ち着くというか、逆に言えばゾクゾクはしません。

でもこういう作品が、最初の詩にもあったように、世界を作るような喜びのためには良いのかなあとか思いました。

考えてみると、かっこいいものっていうのは、不自然なものが多くて、自然なものはカッコ良くなかったりはします。でも何かを作るとなったとき、目指すべきはそこであり、矛盾しているかもしれないけれど、カッコ良いは目指さなくても良いのかもしれません。でなければ、作る側としてキツくなってくるかもしれません。

昼に食べたうどんは機械的でなく、麺の太さもバラバラで決してかっこいいとは言えませんでしたが、優しい雰囲気で、すごく居心地の良い自然体そのものでした。

何度も通いたくなるお店は自然体なのかもしれません。

 

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