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けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

2017年夏までに名古屋での寿司屋開店を目指す、26歳が日々思うことを書いています!Twitter: kenchansushi

赤信号もたまには渡る!

こんばんは!

今日は久しぶりにおじいちゃん、おばあちゃんの家に遊びに来て、一緒にご飯食べて、麻雀をしてってそんな感じで過ごしておりました。

お店出したいなら、おばあちゃんが昔掘った彫刻を飾って良いよと言われました。こんなのなんですが、ヌードがお寿司屋さんに飾ってあるのもどうなんでしょうね。アリだなあとか思ったりもしますねー

 

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夜は前から気になっていた岐阜駅の近くにある、日本酒をたくさん置いてあるところで飲もうと思ってます。それについてもまた感想が書けたらなあと思います!

 

それにしても、最近は本当に何をやっていても勉強だなあとか思いながら、何をしてても、今後に活かせるなあと思います。反面教師的に思うことももちろんありますし、例えば今日のお昼に食べたレストランでは、何人かが、定食を注文しても、出てくるタイミングがきれいに同じです。

調理に時間がかかるものもそうでないものも、同じタイミングで出てくるのはとても良いなあと思いました。

瞬時にどういう順番で作るとゴールが同じになるか計算してやってるんだなあと、当たり前のことを当たり前にやることが大事だなあと思いました。そういうオペレーションについてもまだまだ考えなければなりません。

何せ1人でやる予定ですから、例えばいつ頃から温め始めれば良いかとか、そんなことも常に考えなければなりません。

ちょうど良いペースで、お話もしながら順番に。そうなってくるとかなりの訓練が必要だなあとか。

逆に反面教師的に言えば、とにかく出てくるのが遅かったこと。30分以上かかってやっと出てきました。これはかなりの問題です。

ちょっとオペレーションに問題があるのか、メニューに問題があるのか、しっかり見直さないといけないだろうなあと思ってました。

何をしてても、参考になるというのは飲食に限らずです。
ほんの小さいことでもすごく考えさせられます。例えば、歩行者信号。

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横断歩道に歩行者信号が点いていて、赤信号で止まっている人たち。
もちろん、車が走っていたり、見通しの悪い曲がり道の直後にある道だったら分かります。

しかし、100mも200mも先まで見えるような通り。しかも全く車が通ってなくて、100%渡っても事故なんて起き得ない状況。もはや120%以上。それなのに止まっている人たち。

本当に思考停止の典型なんじゃないかなあとか思います。

常に情報を入れるように心がけ、そして、確実に大丈夫だったら渡るべき。何もせず、無駄に立ち止まってるなんて僕には到底理解できません。時間の無駄ですので。

信号ってのは、いろんな人たちを一斉に管理するために作られたシステムで、とりあえず赤信号なら止まって、青信号なら行く。これを守ればまあ大丈夫でしょって感じ。

でも、当然青信号でも、曲がってくる車があるわけで、その時も情報を入れておかないと危ない目にあうことがあります。

詰まる所、自分を信じて、そのためにはしっかりと情報を入れることをしなければならないと感じております。

もちろん、違法をはたらいてはいけません。
しかし、常に自分で考える癖っていうのはこういうところから考えていくと良いのかなあと思います。

なのに、赤ならダメ!青ならOK!みたいな全員を一斉に管理できるシステムに従った状態。そして万が一事故があると相手に責任を追及します。それはおかしいです。当然どうしようもないことが起こることはあります。それでも、本当に自分が情報を入れて対処しようと思ってたかってことです。

何事も他人は結局他人であって、責任をできるだけ背負いたくないのが人間で、そうなってくると、やっぱり自分で情報収集して、判断する力をつけるのが生きる力なのかなあと思います。

 

ふと、今日、歩きながら田舎の交差点で思ったことでした。