けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

寿司屋の修行なしに開業した26歳の成長日記

文学部とか必要ないと言われますが、大学行って良かったなあ。

こんばんは!

ブログを開設してからなんだかんだで60記事を超えました。2ヶ月毎日毎日(たまに次の日の朝になりましたが)、更新し続けておりましたので、たまにコメントをいただけたりもして、すごく嬉しくなります。

もともとは自分のメモのために始めたわけですが、やっぱり読んでもらうってことを意識すると、書き方も変わりますし、それに対して反応があればより良いですよね。

これからもずっと続けていきます!

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今日は朝まで大学の学部のメンバーで誘ってもらって飲んでました。なんかモンゴル居酒屋というなかなかディープなところに行ったり、カラオケ行ったり、なんか久々に学生気分でした(^○^)楽しかったなあ。

その中の1人は今も大学院で勉強をしていて、その彼の話はすごくまたディープ。
途中、僕の知識不足によりあんまりついていけないこともありましたし、3人とも同じ学部で勉強してたとは思えないほど頭良い。知識も豊富。やっぱり頭の良い人ってこういう人たちだなあと思いました。圧倒されてしまいました。

「白黒つけなきゃいけないっていうような雰囲気がやだって話が出てきて、それって人文学部で勉強してきたからついた感覚かなあ」なんて言ってましたが、それがかなりしっくり来ました。

教授レベルの人たちでも、「Aです。でもBって見方もできますね。」ってことを言っているのに、そういう研究もしていないのに、「Aだ、Aだ、Aだー!」って断定しちゃう人ととかってどうなの?みたいな話をしてました。

これはどんなことにも応用可能で、そういう柔軟性というのはこれからもずっと持っておきたいなあと思いました。見方を変えて考えることとか、当たり前と言えばそうなんですが、古くからあるものほど、やっぱり思考停止になりがちです。なので、そういうものほど、一度疑ってみたりする。そんなことをしていきたいです。

まあ一言で言えばバランス感覚なわけです。極端にやりすぎてもダメですし、頼り切ってもダメだし。本当に難しいんだとは思いますが、だから楽しいって思えば何でもネタになっちゃいます。

なんだか書いてて、フワフワしてますが、こんな感じが文学部だったなあとか思います。卒業論文は「在日朝鮮人文学の特徴と存在意義に関する考察ー言語的な側面から」みたいなタイトルでしたと思います。

その中でもやっぱり最終的にどっちとも取れるような結論になっていました。でも、この感じが心地よい。これはこうだってのが言い切られてしまえば、議論は終わりだからです。なので、僕はいつもこういう余地というか遊びがあるのが好きです。これはこうだ!って決めつけられてしまえば、それは魅力がなくなったということ。

これもやりたいし、これもやりたいとか。一貫性がないのは人間のあるべき姿なんだと思います。だって色々なことやりたいじゃないですか。

そんで、そういうのを長期的な視野で即効性はないけど、伝えていくのが、小説だったり、アートだったりするようです。

ハウツー本とか、自己啓発とか、そういう類は即効性はあります。すぐに実践できるというか。ただ、やっぱりそれは一時のもの。

大学生で日本文学からアフリカ文学や、在日朝鮮人文学、朝鮮文学、英文学と読んでいく中で、「人間ってこうなのかな?」って思えるようになったなあとかシミジミしてきました。

そう思うと大学行って良かったなあって。


ここ数日は大学の時の友達とばっかり会っていたのでよりそんなことを思いました(^○^)

やっぱり良いですね、大学もなかなか(^○^)

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