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けんちゃんのゼロから始める新・鮨バー

2017年夏までに名古屋での寿司屋開店を目指す、26歳が日々思うことを書いています!Twitter: kenchansushi

仕事?休み?給料?飲み会の時に思ったこと

こんにちは!

 

昨晩は気の合う友達と飲みに行ってきました!

色々な話をしましたが、一番盛り上がったのがお金の話。

 

仕事はお金を稼ぐために割り切ってして、余暇の時間を使って思いっきり遊ぶ。

それとも、給料は少ないかもしれないが、楽しいこと、自分の好きなことの延長線上に仕事があって、それ自体をやっているのが楽しいという状態。どっちが良いんだろうって。

 

そういえばこんな話って、もうありふれまくっているというか、どこに行ってもするし、結論、白黒はっきりつけることなんてできるものではないと思ってます。

 

でも僕なりに少し思ったことがあったんで、書いてみます。

飲みながらこんな話も出てきました。

「さっきの、二つの条件がそれなりに叶ってるのが大学の教授だよね〜。」

例えば大好きな日本の寺の研究をして、それに対して給料が支払われる。こんな良い仕事はない。なんて話してました。

ただこういう教授がもしいるとしたら、その人ってもはや余暇とか仕事とかそういう区別が段々なくなってる気がします。

 

好きの延長でやってるから、土日だから休むなんてことはなくて、土日は大学に行かなくていいなら、京都のお寺にちょっと行ってこよかなーって感じで、結局四六時中お寺のことばっかり考えてる。言わばハマってる状態。これを目指すべきなんじゃないかって最近は思ってます。

僕の大学時代の教授は本当にそんな感じでした。

学校に来るのは、コアタイムや授業等がある時のみ。夏休み、冬休み、春休みと大学生が学校にいない時は、当然授業もないから、先生は自宅にいるというスタンスでした。

これって、すごく理想だと思います。

例えば、他の先生は、家には仕事のことは持ち帰りたくないと言って、大学にいるときのみ、研究をし、家に帰ればテレビを見たり好きなことをする。

こういう区別がある先生っていうのは、当然知識としては有るんですが、情熱のようなものを感じません。授業をしていても、もう好きすぎて笑いがこみ上げてきちゃって、楽しすぎてってのが伝わる先生とそうでない先生がいます。ってか大半がそうでない先生です。

 

だから、やっぱり、その仕事と好きなことの区別が無い人ってのは稀で、なかなか難しい。でも、これって意外と選択肢をしらない内に減らしているだけで、実際に考えてみると、この世にいくつもいくつも職業があって、可能性があるのに、それを潰している人がかなり多い気がしてます。

大学四年生で就職活動という期間に、働きたいという意志がまだないのに周りの雰囲気にのっかって、就職活動をしてしまう。この時点でほぼほぼ、さっきの教授みたいな状態にはなれないような気がしてます。

就職活動って、実際にどうやって働くかも分からない状態でしなきゃいけなくて、それなのに、辞めにくい風潮があってかなり会社の都合に従わなければならない仕組みです。

最初の三ヶ月働いて、気軽に辞めれるような雰囲気があったりすれば良いんですが、日本でそれはかなり難しいみたいです。「辞める」ってことを言うのが想像以上に難しいらしい。僕も大学院を辞めたり、仕事を断ったり、サッカー部を留学のために辞めたりと辞めることを何回も経験しているので、それがすごく小さいことなのに難しいってことも分かってるつもりです。

 

話がそれにそれましたが、こういう日本のシステムがもっともっと楽しく楽しく生きることができる可能性を潰してるのかなって思ってます。

 

あまりにも、最初にあげたような話題がありすぎて、最近少しうんざりしてます。

楽しいことってめちゃくちゃたくさんあるのに、なんであえて割り切るとかそういう方向に行かなければならないんだろうか。

 

みんなそれなりに好きなことっていくつもあってそれと関連付いた仕事を考えて行けばいいのに。。。周りの期待とか、社会的地位とか承認欲求とかそんなくだらないことで人生を棒にふってしまうのって本当にもったいないし、そのような空気が日本にあることがすごく閉塞感を感じさせます。生き生きした人で溢れる日本にできたらいいなってのが、僕の将来の夢の一つかもしれません。この空気を変えることができたら。。。